無論、力がなければ物事は動きません。これは明らかでしょう。だが、その方向を誤ればいかになるか? それこそ力の暴走などつながりかねない。暴慢で鼻持ちならない、殺伐としたものに変化する危険性を胚胎するわけであります。
少林寺拳法では、「力愛不二」の思想を説いています。先に述べた力の一方で、それと表裏一体である「愛」。それらを一体として体現しているものが少林寺拳法であります。
「力」と「愛」どちらが勝るものでもなく、どちらも欠かさざるものであります。然るに、現実社会を見ると、「力」か「愛」か、どちらかに偏っているきらいがなくもありません。
大河ドラマ「天地人」の主人公、直江兼続は上杉家家老として、時に権力や武力による、果断な処置も行っています。一方で領民、家族に対しても、愛情をもって接しています。それを体現したものが「愛」の前立の一面であるのかもしれません。
直江兼続のこうした生き方も、ある意味では「力愛不二」の体現といえましょう。



